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はたらくひとインタビュー

セラピスト(ボディケア全般、リフレクソロジー、カッサ他)|山口 眞理子さん(61歳)

技術を身に着けることで、自分に自信が持てた   057


やりたいサロン経営はすべてやり、今後は技術指導に注力したい

<取材日>20181204


<職業>

セラピスト(ボディケア全般、リフレクソロジー、カッサ他)

<雇用形態や働き方、勤務時間>

フリー

<役職>

ラベンダー 代表  

<これまでの略歴>

大阪市の保育士を9年間→結婚で辞めて専業主婦→大手化粧品会社の美容部員(化粧品の営業)をやりながら、子育てを楽しむ。「子育てグループ」活動をし、サークルを立ち上げ。英会話サークルなどで、活発に活動する。→子供が保育園のころ、半年間エステの学校に通う。→エステティック協会の講義を約200時間受講。→独立して、ワンルームマンションでサロン開業。→3DKのハイツでサロン(8年間)→岸和田でイチから建ててもらってサロン経営→一見さんにどれだけ通じるかを試したくなって、大阪・貝塚の駅ナカに店をオープン。岸和田と2件を同時に経営。→岸和田のサロンを閉じ、貝塚の駅ナカ1本で7年。技術指導を始めて15~6年になります。→貝塚のサロンを閉じ、大阪・北堀江の「わくらく」コワーキングスペースで週2回の「出張施術」をしている。今後は他店舗への技術指導者としてやっていきたいと思っている。  

「リフレクソロジー」の施術の様子

<家族構成>

夫、息子(30代)、姑(舅・姑とずっと同居。現在、姑を介護中。)  

<家事・育児分担>

全部自分がしていたが、これからは分担していきたい。 最近は買い物をご主人がしてくれる。  

<はたらくやりがい>

「人のために動くのが好き。」「施術をしてあげて、人が元気になるのが嬉しい。」「生徒さんが育って、プロとして独立できたら嬉しい。」  

<いきがい、モチベーションの源泉>

義父母にサロンの仕事をすることを反対されたのが、辞めなかった原動力。嫁は、家のことをすべてやらなければならなかった。外で仕事をしていても、家事は誰も手伝ってくれず、完璧にこなさなければならなかった。あの頃の自分はパワフルだったと思う。  

<夢、10年後の目標>

今まで、やりたいことはすべてやってきた。駅ナカのテナントも閉じてやり終えたので、今後は人にアドバイスを伝達して、講師を養成していきたい。20年の店舗経営の経験・キャリアを話して、店舗経営の立て直しのアドバイス講師としての仕事も拡げていきたい。

<これまでにあった転機>

テナントをしたこと。会社帰りのお客さまが来るので、帰宅時間が21:00~22:00になった。生活面で、食事の時間などがバラバラになり、夫とケンカしたことも。でも、やめたくなかった。  

ボディケアシリーズのセルフケアコースとプロコース

<座右の銘>

「ご縁」。生徒さん、お客さまにお会いした時は、インスピレーションが働く。テナントをするのも、辞めるのも1日で即断即決した。  

<20歳の自分に言ってあげたいこと>

「この道はやめとけよ」(笑)。結婚から考え直したい。「あの世で探さんといて。」と、夫には言っている。今度はサラリーマンの奥さんになりたい。

「カッサ」によるヘッドマッサージの様子

<応援メッセージ>

「すべては自分に自信を持つこと。」「特技を持つこと。」 自分は料理がダメだし、道にも迷うし、自分に自信がなかった。でも、技術を身に着けたことで自信がついた。結婚して、働くことも反対されて、子どもができるまで”溝”に入った。自分が仕事で救われた。特に50代以上の人は、特技を見つめなおして扉を開いて!  

<インタビュー後記>

私は眞理子さんに「リフレクソロジー」と「カッサ」の施術もしてもらったのですが、眞理子さんは癒し系でとても優しい雰囲気の方。「リフレクソロジー」ではいわゆる「足ツボ」で、痛いポイントをグリグリ刺激することもありますが、基本的には”癒し“の方です。 しかし、ビジネスの話をうかがったら、その「男前っぷり」にびっくり。「サロンをやる」と決めたら、ワンルームマンションを即、契約。南海電鉄貝塚駅ナカの店舗を契約するときには、家賃の価格交渉にも自ら出向いたそう。 また、舅・姑と同居して、嫁としての務めを果たしながらも「仕事がしたい!」という強い気持ちを持ち続けて、実行に移してきた努力家ですごいパワーの持ち主だとも感じました。眞理子さんのような女性の存在が、少しずつ女性の地位や意識を向上させているのだと思います。 今後の技術指導者としての活躍も期待しています。 (取材・撮影 宮川 綾子)